東京高等裁判所 昭和55年(行コ)112号 判決 1986年8月14日
控訴人
神山武広
控訴人
工藤富三郎
控訴人
納谷幸三
控訴人
大沢栄一
控訴人
大沢実
控訴人
大沢敬作
控訴人
板井義男
右七名訴訟代理人弁護士
佐藤義弥
同
根本孔衛
被控訴人
林野庁長官田中宏尚
被控訴人
青森営林局長野村靖
右両名訴訟代理人弁護士
福井富男
同
田中隆
被控訴人両名指定代理人
奥山正夫
同
簗瀬英世
同
大浦地政廣
同
小橋実
同
虻川勲
同
寺田茂雄
同
高木勇樹
同
小鹿愼
右当事者間の不利益処分審査判定等取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一 控訴人ら訴訟代理人は、「1 原判決を取り消す。2 原判決別紙目録処分者欄記載の被控訴人らがそれぞれ同目録『原告ら』欄記載の控訴人らに対し昭和三四年八月一一日付でした同目録処分欄記載の各処分は、いずれもこれを取り消す。3 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。
1 控訴人らの主張
(一) 原判決には、次のとおり事実誤認がある。
(1) 六月一二日工藤事業課長に対する確認書作成の強要について
昭和三四年六月一二日に野平事業所の作業員が工藤事業課長と話合いをしていたこと、控訴人大沢実、同大沢敬作、同板井の三名が右話合いに加わったこと、工藤事業課長が確認書を書いたことは事実であるが、右控訴人ら三名が野平事業所に赴いたときには、作業員と工藤課長との話合いはまとまらず、作業員は激昂して収拾困難な状態となっており、右控訴人ら三名は組合の執行委員として、まず事態の把握をし、工藤課長の種々の失言を確かめ、確認書の原稿を書き、工藤課長もこれを諒承して事態を収拾したものである。右控訴人三名が工藤課長に脅迫を加えて確認等の作成を強要したとする原判決は事実を誤認したものである。
(2) 六月一五日雇用予定者に対する辞令書交付の妨害について
昭和三四年六月一五日の紛争は、当局が賃金支払形態を出来高と記載した辞令書の受領を雇用契約成立の要件であるといったことから、作業員らは、例年どおりとりあえず上山して後に辞令を送付してもらいたい、殊に賃金支払形態を出来高と記入されるのは不本意であり、定額日給で作業している常用作業員と共同作業をしている以上、定期作業員だけが出来高で仕事をすることは実務的に不可能であると考え、辞令書を受領しなかったものである。
控訴人納谷が辞令書の受領を拒否させたものでないことは、同控訴人が不在の新田中継所においても作業員らが自らの意思で辞令書の受領を拒否していることからも明らかである。
被控訴人らの主張によれば、辞令書の受領がない限り雇用契約は成立しないというのであるから、雇用契約成立前の作業員らの行動に関して控訴人納谷を問責するのは筋違いである。
(3) 闘争委員会における闘争の企画推進への控訴人納谷、同、大沢実、同板井の参加について
控訴人板井は病気のため闘争委員会には参加していなかったのであり、営林署において撮影した写真に同控訴人の姿がのっており、営林署内のトラブルのとき顔を出していたことがあったにしても、病院との往復の途中で営林署に偶々立ち寄ったにすぎず、闘争委員会に出席したことの証拠となるものではない。
しかるに、原判決が、同控訴人について、健康状態が平常の勤務ないし組合活動に支障を及ぼす程度のものであったかどうか極めて疑わしいとして、闘争委員会に参加したものと認定したのは、本来被控訴人において立証すべき闘争委員会への参加の事実について控訴人に立証責任を課したものであり、採証法則に反して事実を誤認したものである。
また、控訴人納谷が闘争委員会に参加して川内分会の闘争方針、行動内容を討議、決定したこと及び闘争本部に常駐して坐込みをしたことはなく、控訴人大沢実が闘争委員会に参加して川内分会の闘争方針、行動内容を討議、決定したことはない。
(4) 六月二二日以降の坐込戦術に関する中央本部の方針について
一般に、単一組織の労働組合において、その労働組合の方針の範囲内であれば、一部の地方本部(以下「地本」という。)、分会が争議行為を行ない、中央本部がこれを阻止する明白な行動をとっていない限り、右地本、分会の行動は中央本部の承認と責任のもとになされたものと解すべきであり、下部の地本、分会における諸行動について、当局が中央本部の責任を追及する場合には、中央本部の幹部は文書による指令が発出されていないことを抗弁として責任を免れることはできない。
本件闘争は昭和三四年の出来事であり、全林野の創設期であったので、指令、指示の発出方法等の内部の取決めが必ずしも整備されておらず、川内分会の闘争に対する中央本部の指令、指示が文書によらず、口頭や電話でなされたとしても、異とするに足りないのである。もし、本件坐込闘争が中央本部の方針から逸脱してなされた現地の独自の闘争であるならば、全組織に責任をもつ中央本部がこれを看過する筈はないし、中止の指令、指示がなされるべきであり、また、逸脱した者に対する統制処分もありうるのである。少くとも、統制処分の論議は出るのが当然である。しかし、本件については全くそのようなことはなく、中央の総括によっても、本件闘争は組合の中央、地本、分会の組織を通じた組織的闘争として把握されており、また、処分を受けた控訴人らは全林野の犠牲者救済規程の適用を受けている。
したがって、川内分会の坐込戦術は中央本部の方針に反するものであるとした原審の事実認定が誤りであることは明白である。
(二) 原判決及び原判決が依拠する最高裁判所昭和五二年五月四日大法廷判決・刑集三一巻三号一八二頁(以下「名古屋中郵事件判決」という。)は、次の点で日本国憲法(以下「新憲法」又は「憲法」という。)二八条の解釈、適用を誤るものである。
(1) 憲法二八条の労働基本権保障の意義
名古屋中郵事件判決は、憲法二八条の労働基本権の保障が公務員にも及ぶことを大前提として認めながらも、団体交渉権及び争議権は勤務条件の最終的な労使の共同決定権を内容とする権利であると誤って把握し、このような共同決定権は公務員には認められないとの理由で、公務員にはそもそも団体交渉権、争議権の憲法上の保障は存しない、とするのである。
しかし、憲法二八条の団体交渉権、争議権その他の団体行動権の保障は、基本的には正当な団体交渉、争議行為その他の団体行動に民事及び刑事の免責を与えることを内容とするものであって、勤務条件についての労使共同決定権を付与することとは異なるのである。
争議権と団体交渉権との関係について、名古屋中郵事件判決は、「争議権については、憲法上、勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権が存在することを前提として、交渉に行き詰りが生じた場合の打開手段としてそれが保障されているかどうかが論ぜられるべきである」と判示しているが、争議権の意義ないし機能を合意達成のための手段に限定して理解することは狭きに失するのであり、交渉権確立の手段及び意思表示としての手段としての争議権の機能をも考慮しなければならないのである。
(2) 財政民主主義ないし勤務条件法定主義と公務員の団体交渉権及び争議権
<1> 議会制民主主義における国会と政府との関係
議会制民主主義のもとにおいても、使用者としての政府は、勤務条件に関し無権限であるわけではなく、公務員の勤務条件決定過程で極めて重要な地位と権限を有している。政府の裁量で決定しうる事項についてはもとより、議会にかけなければならない事項についても、その原案を作成提案するという重要な地位と権限を有しており、殊に予算の提案は憲法上政府の専権とされているから(憲法七三条五号)、予算にかかわる勤務条件についての政府の権限は極めて重要であり、公務員組合が公務員の勤務条件の維持改善を図るために、政府に対し団体行動を通じて働きかけることは、公務員組合にとって必要不可欠なことであって、正当な活動である。実例としては、人事院勧告の完全実施について、公務員組合のストライキ実施により政府は昭和四四年に至ってようやく完全実施を決定したことがある。このような公務員の勤務条件の決定過程の実際に即してみても、労使間交渉による政府等が国会に提出すべき原案の合意のため、また、国会においてこれが承認されるための影響力の行使として、争議等の団体行動をとることを認めることは、勤務条件法定主義と国会における予算決定を否認するものではないことは明らかである。
また、公務員等の勤務条件については、前年度において一定の条件が定められているから、新たな合意がされなければ、前年の条件にしたがって予算が決定されればよいのであって、団体交渉権を肯認することは国会の予算決定権を否定することにはならない。
<2> 下級公務員への財政民主主義・勤務条件法定主義の適用の可否
古典的な勤務条件法定主義は、執政権力の手兵的存在になることを防ぎ、また、公務員の待遇に過大な財政支出がなされることをおそれて採用されたものであり、右のような勤務条件法定主義の対象は、執行権力と緊密な関係にありその権力行使の一端をになう官僚であり、裁量の余地の少ない業務に従事している多数の下級公務員に直接的かつ無制限に適用されるべきではない。
わが国の大日本帝国憲法(以下「旧憲法」という。)の下においては、官吏又は公吏という言葉が、公法上の勤務義務を負い、特殊な身分上の地位にあるものを指す場合に用いられ、国又は地方自治体の業務にたずさわる者であっても、私法上の雇用関係にあるとされた雇員・傭人と区別されていた。新憲法七条五号及び七三条四号にいう官吏は、旧憲法下の雇員・傭人に相当する者をも含むものであり、公務員と同義と解されるが、国有林の現場で作業する労働者の大部分は旧憲法下の雇員、傭人であったもので、これらの労働者に古典的な意義のままで勤務条件法定主義を適用すべきではない。
名古屋中郵事件判決が、五現業の職員については非現業公務員との身分関係の共通性を、三公社の職員については五現業の職員との共通性として国の資金、運営関係をあげて、非現業公務員の勤務条件についての憲法上の権利と同一と判断したことは、論理的整合性を欠くものといわざるをえない。
本件闘争の行なわれた昭和三四年当時、五現業(本件口頭弁論終結時の昭和六一年四月現在では四現業)公務員は三公社(右時点では一公社)職員とともに公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)の適用を受けていたが、三公社職員あるいは五現業公務員の勤務条件についての憲法上の地位が非現業公務員と「基本的に」又は「直ちに」同一であるというのであれば、国家公務員法(以下「国公法」という。)だけで足り、そのほかに何故に公労法をあわせて適用しなければならないのか、説明に窮するであろう。
<3> 国有林野事業の定員外職員と財政民主主義
国有林野事業に勤務する職員は、行政機関の職員の定員に関する法律(以下「定員法」という。)所定の定員に該当する職員(定員内職員)とこれに該当しない職員(定員外職員)に大別され、国有林野事業の現場作業は主として定員外職員によって遂行されている。
ところで、定員外職員については、一般職の職員の給与等に関する法律(以下「給与法」という。)、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法(以下「給特法」という。)の適用はなく、その賃金体系は定員内職員と全く異っており、給特法五条の給与総額制が適用されず、したがって会計年度の予算の中に計上される給与総額のなかから除外されており、定員外職員の賃金の支払にあてられるべき支出額は、予算上各事業部門ごとの事業費中に計上されている。作業員の賃金は、その額、支払形態等について林野庁当局と労働者側との労働協約等によって定まり、予算の事業費の総額の範囲内で支出されるのである。
名古屋中郵事件判決は、公務員に対する給与の支払が法律に定められる給与準則に基づいてのみなされること、それ以外の支出が許されないことをもって、公務員労働者への憲法二八条の適用を否定する根拠としたのであるが、国有林野事業の定員外職員については、右の法理は妥当しない。
<4> 留保付協約締結権の保障と財政民主主義
公労法八条、一六条、地方公営企業労働関係法(以下「地公労法」という。)七条、九条、一〇条は、現業公務員や公共企業体職員について、議会の承認を条件として発効するという留保付きで協約締結権を保障している。このような立法がなされたことは、財政民主主義と公務員の協約締結権とが原理的絶対的に両立しえないものではないことを意味するものである。財政民主主義・議会の審議権との関連においては、公務員の協約締結権に対して議会の承認を条件とするという留保を付すれば制限としては十分であり、協約締結権を全面的に否認する根拠は存しない。名古屋中郵事件判決は、公労法の右の規定は立法政策上の措置にすぎないというのであるが、公務員の協約締結権を全面的に剥奪するか否か、あるいはどの程度まで制限するかは、立法政策の問題ではなく、まさに憲法問題なのである。
<5> 国有林野事業特別会計と財政民主主義
名古屋中郵事件判決は、公務員の給与が主として税収をもってまかなわれることを争議権否定の根拠の一つとしている。
しかし、林野庁会計は一般会計と国有林野事業特別会計とに大別され、後者は更に国有林野事業勘定と治山勘定とに別たれる。国有林野事業は、独立採算を原則とする財政法上の特別会計として運営されているところ、昭和五七年度の国有林野事業勘定の予算は五〇六〇億円であり、歳入のうち、国有林労働者の労働の成果である丸太等林産物の販売収入を中心とする業務収入が二九二〇億円であり、更に林野売払代などを含めた自己収入は三一九七億円であって、全歳入の六三パーセントとなっている。
右のような国有林野事業特別会計の実態からすれば、名古屋中郵事件判決の立論は失当であり、現業公務員についてまで一律全面的に争議権を否定すべきではない。
<6> 市場の抑制力と国民全体の共同利益への影響
名古屋中郵事件判決は、五現業三公社労働者の争議権を否定する根拠として、その事業遂行について市場の抑制力が働かないこと及びその争議行為が公務の停廃をもたらし国民全体の共同利益に重大な損害を与え若しくはそのおそれがあることをあげている。
しかし、電力事業は八会社であるが、地域的に分割されて完全な独占体であり、その公共性は三公社、五現業に劣るものではない。それにも拘らず、その従業員について、団結権、団体行動権が承認されている。
しかも、国有林野事業についていえば、木材については全供給量の約一五パーセントにとどまり輸入木材が過半数で激しい競争にさらされていること、また、国有林の公益性は森林が長期に亘って維持培養されることにあり、短期間の争議等によって左右されるものではなく、国有林の危機の原因は、むしろ国有林を大資本等一部の者の利潤獲得の具に供することと、国有林当局の無定見な経営にある。
したがって、市場の抑制力の欠如及び争議行為の国民全体の共同利益への影響を理由に国有林野事業従業員の争議権を否定するのは失当である。
<7> 総合的考慮
国会は国権の最高機関であり(憲法四一条)、国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない(憲法八三条)のであるが、国会の権限は無限定ではなく、三権分立という憲法の基本的枠組を逸脱してはならないし、基本的人権を尊重すべき憲法上の制約に服しなければならない。国会の権限についての憲法四一条、八三条、内閣の権限についての憲法七三条四号の各規定は、公務員制度の沿革及びわが国の公務員制度の現実をふまえたうえで、基本的人権条項としての憲法二八条の規定と総合的に考察すれば、勤務条件法定主義・財政民主主義を理由に公務員の団体交渉権及び争議権を否定する根拠となりえないことは明らかである。
(3) 名古屋中郵事件判決の矛盾
名古屋中郵事件判決は、一方において、勤務条件法定主義、財政民主主義を根拠に、公務員には団体交渉による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、これと不可分の争議権も憲法上保障されているものではないとしながら、他方において、代償措置論の関係では憲法二八条の争議権保障が及ぶという前提に立っているが、これは矛盾である。
(4) 憲法九八条二項違反
非現業国家公務員、現業国家公務員及び公社職員について、一律に全面的に憲法二八条の団体交渉権及び争議権の保障が及ばないと解した名古屋中郵事件判決及びこれに依拠した原判決は、批准した「結社の自由及び団結権の保護に関する条約」(国際労働機関((以下「ILO」という。))の総会で一九四八年七月九日採択。以下「ILO八七号条約」という。)及び「団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約」(ILOの総会で一九四九年七月一日に採択。以下「ILO九八号条約」という。)に違反し、憲法九八条二項に違反するものである。
<1> ILO九八号条約の批准と同条約六条の「公務員」の意義
ILO九八号条約四条は、「労働協約により雇用条件を規制する目的をもって行う使用者又は使用者団体と労働者団体との間の自主的交渉のための手続の充分な発達及び利用を奨励し、且つ、促進するため、必要がある場合には、国内事情に適する措置を執らなければならない。」と規定しており、わが国は右条約を昭和二九年に批准している。ところで、右条約六条は、「この条約は、公務員の地位を取り扱うものではなく、また、その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない。」と規定している。日本政府は、右条約六条の「公務員」には高級公務員のみならず一般の公務員も含まれるものと解し、右条約は公務員には一律全面的に適用にならないものと主張している。
右条約六条に関する日本政府の見解は仏文テキストによるものであるが、英文テキストでは「国の行政に従事する公務員」との限定が付されており、いわば高級公務員のみが適用除外になる。ILOの条約・勧告適用専門家委員会、条約・勧告適用委員会及び結社の自由委員会は、いずれも英文テキストを解釈原理としている。
<2> 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「人権規約A」という。)の批准と同規約八条二項の「公務員」の意義
人権規約A八条一項c号は、労働組合の自由に活動する権利を保障し、ILO八七号条約三条も労働組合活動の自由を保障し、わが国は、そのいずれをも批准している。これに対し、人権規約A八条一項d号は、ストライキ権を保障しているが、わが国は批准にあたり、これに留保の宣言をしている。したがって、日本の労働者は、右のd号によるストライキ権の保障を受けることはできないが、c号の労働組合活動の自由の保障を受けるのである。
人権規約A八条二項は、八条一項の権利に関し「公務員について合法的制限を課することを妨げるものではない」と規定しているが、この規定は、法律で定めればどのような制限をも課することができるという趣旨ではなく、実体的に、ILOの理念に合致する内容の制限であることを要すると解すべきであり、右八条二項の「公務員」も、前記<1>と同様に英文テキストでは「国の行政に従事する公務員」となっており、仏文テキストの「公務員」とあるよりは限定的になっており、英文テキストを解釈原理とすべきである。また、争議行為の概念は、ストライキ(同盟罷業)のほか、怠業、怠業的行為など業務の正常な運営を阻害する行為を含むのであるが、ストライキ以外の争議行為を一律全面的に禁止することは、ILOの理念にも合致しないので、人権規約A八条二項の合法的制限と解することができない。
しかも、人権規約A八条三項は「この条(八条を指す)のいかなる規定も、ILO八七号条約の締約国が同条約に規定する保障を阻害するような立法措置を講ずること又は同条約に規定するような方法により法律を適用してはならない」と規定している。
したがって、人権規約A八条一項c号の労働組合活動の自由の保障の規定は、同規約八条二項の例外的規定に拘わらず、ILO八七号条約三条の規定と相まって、無条件に適用されることとなり、ストライキ以外の争議行為の禁止は、労働組合活動の自由を阻害しない趣旨に解釈されるべきである。
<3> ILO結社の自由委員会第一一一五号事件における同委員会の勧告と理事会の承認
昭和五七年四月以降の賃金引上げについて、政府当局が公労委の仲裁裁定を実施しないため、日本労働組合総評議会(総評)その他の労働団体がILOに対して日本国政府が結社の自由の諸原則に違反しているとの申立て(ILO結社の自由委員会第一一一五号事件)をしたのに対し、同委員会は、「ストライキが不可欠業務もしくは公務において禁止されているところでは、<1> このような制約が適切・公平かつ迅速な調停・仲裁手続による代償措置を伴い、その裁定がすべてのケースにおいて両当事者を拘束し、裁定が一旦下された場合には、全面的にかつ迅速に実施さるべきであるという原則を、また、<2> 立法府に対する予算権の留保が強制仲裁機関によって下された裁定の内容を遵守するのを妨げる効果をもってはならない」旨の原則に基づいた勧告を決定し、これは昭和五七年一一月一七日のILO理事会において承認されている。
ILOの右の結論は、確定された国際基準であり、団体交渉権及び争議権を否定する名古屋中郵事件判決は、この国際基準に背くものである。
(三) デモ行進指導及び面会要求行為の問責の違法違憲
仮に公労法一七条一項の規定が憲法に違反しないとしても、原判決が控訴人らのデモ行進の指導及び畠山営林署長に面会を求めた行為を問責することを肯認したのは、憲法二一条、二八条及び公労法一七条一項の解釈・適用を誤ったか、あるいは理由不備ないし理由齟齬があり、また、前記人権規約A八条及びILO八七号条約三条の各規定に違反し、憲法九八条二項に反するものである。
(1) デモ行進指導の問責
原判決は、控訴人らのデモ行進の指導について、「公労法一七条一項において禁止された行為を実行、継続させる目的で、組合員らに対しその実行、継続を決意させ、又は決意を強固にするよう働きかけるものであるから、同条項において禁止された行為をそそのかし、あおる行為に該当する」と判示している。
しかし、デモ行進は、勤労者の憲法上の権利である。しかも、原判決の認定した事実は、デモ隊は「日給制を守れ」「賃下げ首切り反対」のプラカードを掲げていたこと、「出来高制を引っ込めろ」と唱和したことなどであり、いずれも専ら要求の正当性を訴えているものである。これをも争議行為のあおり・そそのかしに該当するとする原判決の考え方に従えば、争議期間中の一切の組合活動は、あおり・そそのかしとされることになる。
本件のデモ行進は、デモ行進本来の趣旨のとおり、要求の正当性を町民に理解して貰い、あるいは、要求の正当性を集団的に当局に訴える行動である。これを違法行為のあおり、そそのかしと認定するためには、あおり、そそのかしに該当する事実を認定、判示しなければならない。しかるに、原判決には、右事実の認定、判示がない。
(2) 面会要求行為の問責
原判決は、畠山営林署長は、北村旅館を対策本部として、坐込みの対策を検討していたのであるから、執ように面会を強要する行為は右対策の検討を妨害する行為であって、業務阻害行為である、と判示している。
しかし、面会を求めていた時間は約三〇分であり、紛争を解決したいと思って組合員や家族をつれ、その窮状を話しに行くことは何ら異とするに足りない。玄関で暴れて騒動を惹起したというのであれば格別、畠山署長が冷酷に面会を拒絶しても、むしろ組合側が冷静に対処して引きあげているのである。組合側には業務の遂行を妨害した事実はなく、右の程度の面会を求める行動は、団体交渉とまでは行かなくとも、憲法二八条により保障されているものと解すべきである。
(四) 原判決が処分権の濫用に関する控訴人らの主張を排斥したのは、次の点で判断に誤りがある。
(1) クリーンハンドの原則、信義則違反の法理の解釈適用の誤り
争議行為に対する処分としても、クリーン・ハンドの原則は守られるべきである。処分者が労使の対抗関係において、自ら法律を破り、不法、不当に労働者を窮迫状況、他に選択の余地のない状況に追い込むような汚れた立場に立っている限り、その処分は社会的正当性をもつものと評価することはできない。
しかるに、原判決は、本件争議行為に至る経緯のいかんを問わず、本件処分が不合理とはいえない旨判示し、当局がいかに汚れた手をもっていたとしても、処分の審査にあたっては影響がないかのように判示しているとすれば、これは、国際的にも確立しているクリーン・ハンドの原則を放棄するものであり、まさしく、最高裁判所の判例に追随せんとする余り、民法一条の基本原則の解釈適用を誤ったものというべきである。
本件争議行為に至る経緯の中で、紛争の評価に関連して重要な事実は次の諸事実である。
<1> 東北闘争の背景
いわゆる東北闘争は、全林野労組が、国有林現場労働者の封建的で劣悪な労働条件改善の闘いの前進をめざすため、昭和三二年当時全国現場の中で底辺にあった東北地方の労働条件の改善を特に全国大会で取り上げ、昭和三三年二月、委員長を団長とし、三人の中央執行委員を団員とする四名の調査団を現地青森地本川内分会に派遣し、青森、秋田、前橋の三地本からも執行委員数名が参加し、その調査結果に基づき、川内分会は六十数項目に亘る要求を川内営林署に提出し、同年三月の団体交渉の結果、その多くが解決された。その中には、賃金支給日についての覚書(甲第三四号証)、作業員の勤務時間に関する協定(甲第三八号証)等、労働基準法上当然の事柄ですら協約によってその実行を確保することが必要であったものもあるが、特筆すべきものは、大量の常用作業員の採用と数十名の定期作業員の採用の合意を内容とする作業員の雇用安定に関する協定(甲第三六号証)である。
被控訴人らは、これらの協約は組合の大衆団交下の圧力に屈して締結されたものの如く主張するが、正当な要求であったので受け容れざるをえなかったものである。この昭和三三年二月の調査と三月の団体交渉、分会協約の締結こそは、東北地方の半封建的な出来高制の牛馬労働と前近代的な労働時間・労働条件からの解放、近代的な労働条件確立の第一歩であり、国有林野労働者にとって夜明けの始まりだったのである。
<2> 賃金支払形態をめぐる紛争の経緯
昭和三三年三月の団体交渉によって、積込、巻立の作業の賃金支払形態が定額日給制になったことは被控訴人らも争っていない。争点は、それ以後の伐木、造材、集・運材の作業の賃金形態が定額日給制であったか出来高給制であったかである。
ところで、昭和三三年四月からの直営生産事業の全ての作業、同年六月から一一月までの造林事業、同年一二月から昭和三四年三月までの冬山事業について事実上定額日給払で賃金が支払われたことも被控訴人らの認めるところである。右事実と、辞令書(甲第六四ないし第九一号証)の賃金支払形態は「日給制」と記載されていることに徴すれば、労使間で定額日給制の合意があるうえに、個別契約も定額日給制で雇用契約が締結されたものであることは明白である。
したがって、定額日給制を出来高給制に変更するためには、まず、労使協議のうえ、出来高給制の合意をしたうえで、個別の契約もこれに従って改めなければならないのであり、そこで協議が整わなければ、公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)のあっせん、調停による解決をはからなければならない。これがルールである。
本件紛争は、労使の合意のうえでも個別の雇用契約のうえでも定額日給制になっている賃金支払形態を、当局が右ルールに則ることなく一方的に出来高給制に変更しようとしたために生じた紛争であり、当局の次のような違法、不当な攻撃に基因するものである。
第一の実力行使として、当局は、昭和三四年五月に、賃金支払形態を出来高給制と記載した配置換辞令書を常用作業員に交付しようとしたが、作業員に受領を拒否された。
第二の実力行使として、当局は、同年六月一五日、定期作業員の採用の日に、賃金の支払形態を出来高給制と記載した辞令書を交付しようとした。しかし、作業員は、常用作業員と賃金支払形態が同じでないと作業ができないので、定額日給制にして欲しいと主張して、辞令書を受領しないで上山した。前年度までは、定期作業員は、指定された日に上山して、それぞれの班に入って作業することにより雇用は成立していたのであり、雇用成立の当日の上山前に辞令書が交付されることはなかったのであるが、その年は、辞令書を受領しない以上雇用は成立しないとして、当局は、作業員の就労を拒否し、翌一六日には、留守宅に内容証明郵便で雇用不成立の通知をした。その後、再三に亘り雇用を認めるよう申し入れたが拒否された。これは、定期作業員に対する労務の受領拒否、すなわち、作業所閉鎖と考えるべきである。
第三の実力行使は、協約に違反する一方的な単金(功程単価)の決定である。すなわち、当局は、賃金支払形態は出来高給制であるとして、出来高賃金算定の基礎となる功程単価を評定するため環境評価委員会の委員の選出を分会に要求したのに対し、分会は、賃金支払形態は定額日給制であり、出来高給制は賃金支払形態の変更になるから、まず団体交渉で解決すべきことを求め、環境評価委員の選出を拒否したところ、当局は団体交渉を拒否し、六月二〇日に当局が一方的に算出した単金を公示し、同月二二日以降これを強行する旨発表した。かくして、当局は、実力で賃金支払形態を一方的に出来高給制に変更したのである。
労働条件の重要な部分を使用者が一方的に変更した場合には、労働者側には変更された労働条件のもとで労務を提供する義務はない。また、右のように、従来の合意された労働条件のもとでの労務の受領拒否は、ロックアウト(作業所閉鎖)と同視すべきものである。
したがって、定期作業員についても、常用作業員についても、労務提供義務はない。
<3> 第一次処分及び第二次処分の違法性
控訴人青森営林局長は、不完全装備就労について、昭和三四年五月一四日付で、作業員一一二名に対し、停職又は戒告の処分(以下「第一次処分」という。)を行い、更に、控訴人らは、第一次処分の不完全装備就労及び勤務時間内の職場大会の実施について、同年六月一二日川内分会役員ら二四名に対し、停職、減給又は戒告の処分(以下「第二次処分」という。)を行ったのである。
第一次及び第二次処分は、作業員には腰のこ、腰なたの携行義務がないのに、携行義務のあることを前提として、携行の業務命令に違反したとして処分したのであって、不法な処分である。
第一次処分後のなたかま闘争は、中央指令に基づいて行なわれた行動であるにも拘らず、当局は中央指令に基づかない行動であるとの判断のもとに、中央本部の弓削委員長、熊井書記長らの指令発出の責任者を免責しているのである。
(2) 当局の支配介入の意図と本件各処分の違法性
右両名は、同年秋に第二組合の設立に参加したものであることに照らすと、右両名を免責したのは、全林野分裂の中心となった組合幹部を温存するためとしか考えられない。
右の事実及び前記(1)の本件紛争に至る経緯に徴すれば、本件各処分は、不当労働行為に該当し、国公法七四条の公平の原則にも違背するものである。
(3) 中央指令の存否と処分権の濫用等
原判決は、本件各処分をした当時の当局の認識について、「本件争議行為が中央指令に基づくものとは確認できず、……中央拠点における行動として予定していた範囲をはるかに超える激烈なものであったことから、……中央本部弓削委員長及び熊井書記長に対する処分は行わないことに決せられたことが認められ、……合理的な裁量権行使の方法として首肯しうる」旨(原判決八八丁裏)、及び「一定の処分基準に従って多数の者に対する処分が行われる場合において、何ら合理的な理由なく特定の者に対して右基準より不利益な処分がなされたときは、当該処分は不公平な処分であり、処分権の濫用として違法としなければならない場合があるが、本件においてはそのような事情は認められず」(同八九丁表、裏)と判示するが、本件争議行為が中央本部の指令、指示に基づいてなされたか否かの判断、並びに当局が本件争議行為は中央本部の指令、指示に基づかないもので中央本部の予定していた範囲をはるかに超えるものであると認識したとするならば、その認識について故意、過失がなかったかどうかの判断を遺脱し、ひいては、当局の処分基準の設定の誤りを認めず、公正の原則、不当労働行為、処分権の濫用の法理の適用を誤った違法がある。
2 被控訴人らの主張
(一) 原判決の事実認定は正当であり、控訴人らが主張するような事実誤認はない。
(1) 「六月一二日工藤事業課長に対する確認書作成の強要」の事実は、原審の各証拠によって明らかである。仮に、控訴人らが主張するように、控訴人大沢実、同大沢敬作、同板井義男の三名が組合の執行委員として真に事態の収拾の責を負うというのであれば、右控訴人らは事業所到着後、何よりも先ず同課長を取り囲み詰問を続けていた作業員を制止、解散させるなど平穏の状態にして、しかる後、同課長と話合いのうえ事態を収拾すべきであるのに、右控訴人らは何らこのような措置をとることなく、かえって控訴人大沢実自らが作成した確認書に同課長の拇印を押させたのは、まさに確認書の作成を強要したというべきである。
(2) 「六月一五日雇用予定者に対する辞令書交付の妨害」の事実についても、控訴人らは、これを否認し、「作業員は賃金支払形態を出来高と記入されることは不本意であり、かつ、定額日給制の常用作業員と出来高給制の定期作業員とが共同作業することは実務上不可能と考えて辞令を受領しなかった」とか、「控訴人納谷が不在の新田連絡所においても作業員らは自らの意思で辞令書の受領を拒否している」などと主張する。
しかし、署当局は、常用作業員についても、この時点で本来の出来高給制で作業を実行する計画であることを明確に表明し、すでに単金協定のための山見まで開始しており、新たに雇用しようとする定期作業員らに対しても出来高給制の条件を提示するのは当然であるし、六月一五日から定期作業員として雇用されることを強く希望していた作業員らは、就労のため直ちに上山出来るとの強い期待をもって同日出署したものであり、控訴人納谷の行為がなければ、辞令書は受領されて、同日作業員らについて雇用関係が成立していたことは明白である。
また、新田連絡所においては、寺田労務厚生係長及び納家労務係長の両名が雇用予定の定期作業員全員に対し説明に努め、辞令書を交付しようとしたが、川内分会執行委員の木戸徳蔵が「絶対貰うな」と指示したため、右作業員は辞令書を受領しないまま上山したのであり、自らの意思で受領を拒否したのではない。
右のとおり、控訴人納谷は、故意に定期作業員の雇用契約の成立を妨げ、署当局の雇用契約の実施を妨げ、契約不成立の作業員を上山させることによって正常な業務を阻害したばかりか、署当局と分会との間に無用の紛争を生ぜしめ、営林署の業務運営を著しく妨害した。このような行為につき同控訴人が問責されるのは当然である。
(3) 控訴人らは、控訴人板井の闘争委員会参加の事実を否認するのであるが、同控訴人が闘争委員であったこと、六月二二日の坐込みの際には、早朝から他の闘争委員とともに作業員を指揮して構内に幕舎を設置したり、幕舎の撤去を求めた山口経理課長に対し、作業員の先頭に立って抗議したり、同月二三日及び二五日には坐込みを行なっていた組合員とともにスクラムを組んで労働歌を合唱したりしていることは証拠上明白であり、控訴人ら主張のような健康状態の者が、全林野の闘争によって異常事態にある営林署に偶発的に立寄るということは常識に反するというべきである。
(4) 控訴人らは、六月二二日以降の坐込戦術も中央本部の指令、指示に基づくものであると主張している。
しかし、昭和三四年に行われた本件争議行為が全林野労組の機関決定を経ているのであれば、昭和三三年八月二四日から開催された第八回伊豆長岡大会における議案書あるいは決定事項に明らかにされていなければならない筈であるのに、同大会の議案書には、本件のような坐込みを含む戦術を行使することは全く記載されていない。また、同大会の議案では、北海道及び東北地方の労働改善闘争の闘争費としては一四二万四六八〇円が計上されているにとどまり、そのうち分会段階で使用できる予算は「交付金」三〇万円にすぎず、これを川内分会だけで使用したとしても、川内分会の組合員約六七〇名の賃金(一人一日当り約四五〇円)の二日分にしか相当しないのであって、財政的な裏付けもない。しかも、闘争終結後の昭和三四年八月に開催された第九回鬼怒川大会においては、当時の中央本部の書記長あるいは副委員長が「最初から高姿勢であるところに問題がある」とか「中央の考え方は、あくまで一発闘争には問題があるので、戦術会議の決定を守って欲しかった」と報告し、「直ちに坐込みに入れとはいっていないし、長期展望に立って高度の戦術でねばり強く闘うべきだということは明確になっていた」と答弁している。このような事実から、中央指令に反して坐込みがされたことは明白である。なお、控訴人らが全林野の犠牲者救済規程の適用を受けたとか、統制処分の発動がされなかったことなどは、あくまで労働組合の内部事情の問題であって、控訴人らの行動の正当性の根拠とはならない。
(二) 控訴人らの名古屋中郵事件判決に対する批判はいずれも失当であり、原判決に憲法二八条の解釈、適用の誤りはない。
(1) 憲法二八条の労働基本権保障の意義について
憲法が労働基本権を保障するということが、団結権その他の権利の実効的な行使を妨げる公権力の発動を禁ずるとともに、それらを否定するような契約を無効とし、また、正当な団体行動として行われた行為は刑事上、民事上違法性をもたないとする趣旨を持つことは、控訴人らが主張するとおりである。しかし、このことは保障の効果であって、保障の対象である団体交渉等の内容ではない。団体交渉権の内容は、名古屋中郵事件判決が判示するように、勤務条件の共同決定を内容とする権利である、と解すべきである。
また、争議権の行使としての争議行為は、労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行う同盟罷業等の行為であり(労働関係調整法七条)、労使による勤務条件の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されているものである。このような勤務条件の決定を目的としていない交渉権確立のための争議行為とか、意思表示の手段としての争議行為とかは、憲法によって保障されている争議行為ではない。
(2) 財政民主主義ないし勤務条件法定主義による公務員の団体交渉権及び争議権の否定について
<1> 議会制民主主義における国会と政府との関係について
共同決定を内容とする団体交渉権が憲法上保障されていないのに、決定権のない政府に対し影響力を行使するため、あるいは法律・予算を審議する国会に対し、影響力を行使するための争議権を正当化することはできない。憲法上公務員の勤務条件の決定権限は、原則として国会にあるものとされているのであり、国会のこの権限の行使は、国政全般を公正・妥当に運用するという全国民的立場から審議決定されるべきものであり、争議行為の圧力によって、一部の国民の利益だけが保障される結果になることは、議会制民主主義の根本原則に反するからである。
<2> 下級公務員への財政民主主義ないし勤務条件法定主義の適用について
裁量の余地の少ない事務に従事する下級公務員についても、賃金その他の勤務条件の決定は議会制民主主義に服し、国会の直接又は間接の判断をまたざるをえないところである。
また、名古屋中郵事件判決は、非現業公務員と現業公務員との公務員という身分関係の同一性をもって単純に両者の憲法上の地位が同一であると判断しているのであるのではなく、両者の勤務条件は、いずれも、憲法上、国民全体の意思を代表する国会において決定すべきものとされている点で同一である、としており、また、三公社についても、その資産の処分、運用は国会の議決に基づいて行われなければならず、三公社の職員の勤務条件は、直接、間接の差はあっても、国の資産の処分、運用と密接にかかわるものであるから、これを国会の意思とは無関係に労使間の団体交渉によって共同決定することは憲法上許されない旨判示しているのであって、論理的整合性に欠けるところはない。また、公労法が現業公務員及び公社職員について非現業公務員とは程度を異にして労働基本権を保障しているのは、国会の立法裁量権に基づくものであることは、名古屋中郵事件判決の判示するところである。
<3> 国有林野事業の定員外職員と財政民主主義について
定員外の職員については給特法五条の給与総額についての規定の適用はないが、給与の根本原則を定めた同法三条、給与準則についての四条、勤務時間等の勤務条件についての六条の各規定等は適用があり、財政法二三条によれば、国会が議決する予算の歳出の区分は項までではあるけれども、国有林野事業特別会計法一一条二項により、毎会計年度国会に提出する同特別会計の予算には、歳入歳出の予定計算書、当該年度の国有林野事業勘定の予定損益計算書及び予定貸借対照表等を審議のための参考資料として添付しなければならないことになっているところから、定員外職員の賃金は国有林野事業費(項)として予算に組み入れなければ支出できないものであり、同事業等の業務量、定員外職員の雇用人員、賃金等は国会の審議の対象となりうるものであるから、右賃金その他の勤務条件の決定は議会制民主主義の制約に服すべきものである。
<4> 留保付協約締結権と財政民主主義について
現業公務員にどの範囲で団体交渉権を肯認するかは、<3>で述べたとおり、国会の立法裁量の問題であり、現業公務員は、その業務の性格、実態が一般行政事務とは相違し、むしろ公共企業体に近いという実態に即して例外的に団体交渉権を肯認したものであり、公正妥当な立法措置である。
<5> 国有林野事業特別会計と財政民主主義について
争議行為の結果現業等に生ずる損失は、結局は料金又は一般税収といった形で国民の一般的負担で埋められる仕組みとなっていて、争議行為によって事業の存続にかかわる損害を受ける可能性は全くないという点が民間企業における争議と異っている。
<6> 市場の抑制力と国民全体の共同利益への影響について
国有林においては、森林の有する公益的機能を確保しながら、森林資源の培養及び森林生産力の向上に努めるとともに、木材等重要な林産物を持続的に供給して林産物の需要及び価格の安定に資する必要があるのみでなく、災害時などにおいて臨時的な木材の供給をなす責務があり、その業務運営の如何が国民生活に重大な影響を及ぼすことは明らかであり、苗の蒔時、苗木の植付、下刈など作業には季節的な制約があるので、短期間の争議行為であっても、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがある。
<7> 総合的考慮について
以上<1>ないし<6>のとおり、憲法二八条が四一条、七三条四号、八三条よりも優位に立つと解すべき理由はなく、公務員及び三公社その他の公共的職務に従事する職員は、労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権ひいては争議権を憲法上当然には主張することのできない立場にあるものというべきである。
(3) 名古屋中郵事件判決の矛盾について
右判決に控訴人らが主張するような矛盾はない。
(4) 憲法九八条二項違反の主張について
非現業国家公務員、現業国家公務員及び公社職員について、一律全面的に憲法二八条の団体交渉権及び争議権の保障が及ばないとする解釈は、何らILO八七号条約、九八号条約に違反するものではなく、したがって、憲法九八条二項に違反するものではない。
<1> ILO九八号条約六条の「公務員」の意義について
右条約六条の「公務員」の範囲について、ILOの第一回公務員合同委員会報告書及び結社の自由委員会の一三九次報告において、控訴人ら主張するような内容の見解が示されていることは事実である。
しかし、同条約及びその他ILOの公式文書において、「公務員」又は「国の行政にたずさわる公務員」という用語について明確な定義はされていないし、ILOの他の公式文書の中には、右にいう「公務員」の範囲として「国家の行政に直接従事している公務員及びこうした活動の補助的要素として働く低い地位の公務員」を指すとするもの(公務員合同委員会第一回会議のための報告書第一章)や、公務員とはその雇用条件が法令によって定められているものを指すとするもの(結社の自由委員会一二次報告四三項)もあり、右の定員外職員といえどもILO九八号条約六条の「公務員」に該当すると解するのが、正当な解釈である。
仮に、国有林野事業の定員外職員が右条約六条にいう公務員に該当せず、右条約がこれらの作業員に適用されるものであると解しうるとしても、これら定員外職員を含む公共企業体等の職員に対しては公労法八条において団体交渉権を、また、同法によって引用されている労組法一四条において協約締結権を保障する措置をとっているのであるから、わが国の法制度は、ILO九八号条約四条にいう「自主的交渉のための手続の充分な発達及び利用を奨励し、かつ、促進するため、必要がある場合には、国内事情に適する措置をとらなければならない」との条項に適合している。
<2> 人権規約Aの批准と同規約八条二項の「公務員」の意義について
先ず、「国の行政にたずさわる公務員」でない者は人権規約A八条二項の公務員に該当しない旨の控訴人らの主張が失当であることは、右<1>で述べたところと同一である。
次に、人権規約A八条一項c号に規定する組合活動及びILO八七号条約三条に規定する組合活動には、ストライキを除くその他の争議行為が含まれ、これらの争議行為は自由な組合活動として保障されるべきである旨の控訴人らの主張も失当である。人権規約AやILO条約の解釈上、ストライキ以外のすべての組合の行動は、同規約等にいう組合活動に該当すると解すべき合理的根拠もなければ、そのような有権的解釈もない。サボタージュ、ピケ、超勤拒否などのストライキ以外の争議行為は、組合が具体的な要求実現の目的で使用者の正常な業務を阻害するために行うものであって、組合自身の団結強化を主たる目的とする、いわゆる組合活動とは異質のものであり、このような争議行為は、人権規約A八条一項d号にいう「同盟罷業」と同じ又は類似するものと解釈されるべきである。わが国は、人権規約Aの批准にあたり、同盟罷業をする権利の保障を規定する右条項の適用を留保しているのであるから、公労法の争議行為禁止規定等が、人権規約Aに抵触することはありえない。また、同規約八条三項において、組合活動の自由を保障するILO八七号条約の優先適用を定めているとしても、このことは右争議行為禁止規定とは無関係であり、もとより禁止規定を違法とする根拠とはなりえない。仮に人権規約A八条一項c号の「労働組合の自由に活動する権利」に同盟罷業以外の争議行為をする権利が含まれるとしても、わが国の法秩序の下においては、現業公務員に対し法律上争議行為が禁止されることは、名古屋中郵事件判決が判示するとおりの合理的な理由があるので、この理由は右c号所定の「法律で定める制限であって国の安全若しくは公の秩序のため又は他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会においても必要なもの」に該当するというべきである。
<3> ILO結社の自由委員会第一一五一号事件についての同委員会の勧告と理事会の承認について
結社の自由委員会の決定に基づきILO理事会において承認された勧告は、わが国が批准したILO八七号条約、九八号条約等と異なり、法的拘束力があるものではなく、また、確定された国際基準といえるものではなく、もとより憲法九八条二項でいう条約でも国際法規でもないのであるから、控訴人らの主張は、その前提において失当である。
なお、右一一五一号事件において申し立てられた仲裁裁定については、その後の国会における議決によって仲裁裁定どおり実施された。
(三) デモ行進指導及び面会要求行為の問責の違憲、違法の主張について
(1) デモ行進指導の問責について
控訴人らの右の点に関する主張(控訴人らの主張(三)(1))は、本件争議行為が正当な行為であることを前提とするものであり、失当である。本件において問責の対象となったデモ行進は、いずれも違法な争議行為の直前又はその期間中に、組合員をして争議行為参加を決意させ、あるいはその決意を一層強固なものとするため、控訴人らが指導した行為であった。
(2) 面会強要行為の問責について
公労法適用下の労使間における団体交渉ないし話合いは、一定のルールに従い、あらかじめ交渉事項、日時・場所などをとり決め、秩序ある方法により平和的に行われなければならない。控訴人らの所為は、事前のとり決めもないのに、一方的に突然押しかけて来て多数の威力を背景に無秩序な状態で交渉、面会を要求するものであり、社会的常識を逸脱した面会強要であり、業務を阻害する行為であることは明白である。
(四) 原判決が処分権の濫用に関する控訴人らの主張を排斥したのは正当である。
(1) クリーン・ハンドの原則、信義則違反の法理の解釈、適用の誤りに関する主張(控訴人らの主張(四)(1))について
控訴人らの右主張は、処分者側に不法、不当な行為があったことを前提とするものであるが、処分者側に不法、不当な行為はないので、控訴人らの右主張は前提を欠き失当である。
<1> 控訴人らの主張(四)(1)<1>(東北闘争の背景)のうち、昭和三二年の全国大会で東北地方の労働条件改善の問題が取り上げられたこと、昭和三三年三月の川内営林署と川内分会との団体交渉の結果、控訴人ら主張の協約が成立したことは認めるが、その余は争う。
<2> 控訴人らの主張(四)(1)<2>(賃金支払形態をめぐる紛争の経緯)のうち、昭和三三年三月の団体交渉によって積込、巻立の作業の賃金支払形態が定額日給制になったこと、川内営林署における直営生産事業が昭和三三年四月から五月までと、いわゆる冬山事業として実行された同年一二月から翌三四年三月までの間、事実上、定額日給払で実行されたことは控訴人ら主張のとおりであるが、積込、巻立作業以外の直営生産事業においても右の期間、賃金支払形態として定額日給払の方法がとられたのは、昭和三三年四月、五月分については直営生産事業の期間数量が僅かであったため、出来高払のために必要な手間のかかる単価決定の手続を省略し、この部分の事業に限り便宜日給払としたものであり、同年一二月から昭和三四年三月分については、単価決定のための協議において当事者間に合意が成立しないまま事業の実行が続けられたため、すでになされた作業に対する賃金支払のためのやむをえない措置として、営林署当局が独自に右の期間に限って暫定的な取扱をしたものであって、定額日給払とすることについて、全林野川内分会と明確に合意したものではない。いわんや昭和三四年度の事業実行のための作業の賃金支払形態について、これを日給払とする旨の合意は成立していない。
昭和三三年一二月の辞令書には賃金支払形態として「日給制」と記載されているが、右辞令書はその表題からも明らかなとおり配置換のために交付した辞令書であって、冬山事業開始前の昭和三三年一一月当時作業員らが造林事業に定額日給払で従事していたので、造林事業から生産事業に移行するに当り、勤務地の変更を行うについて事業担当者がこれらの作業員にかかる配置換上申書の支払形態欄にそのまま日給払として記載し、これを受けた営林署が右上申書どおりの内容の配置換辞令書を当該作業員らに交付したというのであり、右辞令書の記載をもって定額日給制で雇用契約が成立したものということはできない。
直営生産事業における賃金支払形態としての出来高払は、昭和三二年度まで永年に亘り国有林野事業の賃金支払形態として定着しており、昭和三三年度に右に述べたような事情により日給払を余儀なくされたが、個別労働契約上あるいは労使の合意によって、従前とられてきた出来高払を変更したものではなく、昭和三四年度の事業実行にあたり、従前どおり出来高払を採用することは、労働条件の一方的変更といわれるべきものではない。
次に、控訴人らは、定期作業員の雇用の問題について、雇用当日に辞令書が渡されるということはなかったのに、その年は辞令書を受領しない以上雇用契約は成立しないとして、六月一六日以後も再三に亘る雇用の申入れを当局が拒否したのは、作業所閉鎖と考えるべきであると主張する。
しかし、昭和三三年度までの定期作業員の雇用においては、当局と作業員側との間に賃金支払形態を出来高払とすることが永年の慣行として了承されていたし、その他の労働条件についても合意されていた。これに対し、昭和三四年度における定期作業員の雇用に際しては、賃金支払形態について合意が成立しておらず、右作業員らは合意のないまま就労して雇用の既成事実を作ろうとしたものである。当局が右作業員らの申入れを拒否したことについては、何ら批判されるべきいわれはない。当局の所為をもって作業所閉鎖に該当するとの主張は、雇用契約の成立を前提とするものであるが、前提を欠き、失当である。
更に、控訴人らは、公示の方法によって功程単価を決定したことについて、一方的な単価の決定であり協約上も許されないと主張する。
しかし、署当局は、単価決定のための環境評価委員名簿の提出を分会に求め、分会を説得したところ、分会側も環境評価の手続に参加する意思を表明したが、昭和三四年六月一二日にいわゆる不完全装備就労に関して組合幹部らに対して第二次処分が発令されたことから、分会は環境評価手続への参加を拒否するに至ったため、署当局は、やむをえず単価を公示し、異議の申出を催告する方法で単価を決定する手続を行ったのであり、本件の具体的状況のもとにおいては協約違反といわれるべきものではない。
<3> 第一次処分及び第二次処分の違法性に関する主張(控訴人らの主張(四)(1)<3>)について
作業員には腰のこ・腰なたの携行義務がなかった旨の控訴人らの主張は失当である。すなわち、当時有効であった三三林協号外「作業用具の貸与に関する確認事項」(乙第一三号証)の第六項で、当局が作業員に貸与する道具の範囲、具体的方法等については今後労使双方協議の上決定するとしており、同確認事項第八項で「協議決定までは従前どおり実施する」としていたところ、昭和三四年四月当時は、まだ協議決定がされていなかったので、従前どおり実施すべきであった。ところで、従前は林野庁当局と全林野との話合いにより腰のこ・腰なたは当局が整備すべきものではなく、作業員が負担すべきものとされていた。したがって、協約上、昭和三四年の本件なたかま闘争当時、作業員に右道具を携行すべき義務のあったことは明らかである。
また、川内分会は、独自の見解に立って第一次処分を不当なものであると宣言し、造林賃金の引上要求に処分撤回要求及び出来高給制廃止要求をつけ加え、それらの要求貫徹のために、それまでは作業員の自主的な行動としての体裁をとらせていた不完全装備の就労等の怠業行為を正式に分会の行動として行うことを決定したのであり、中央指令に基づくものではない。
(2) 当局の支配介入の意図と本件各処分の違法性に関する主張(控訴人らの主張(四)(2))について
全林野中央本部は本件闘争を速やかに中止させるよう働きかけたのであり、現実に闘争を積極的に指導した事実のない右弓削、熊井両名を処分の対象とせず、違法な闘争の実際の指導者である控訴人らを処分したのである。このような処分は、各人の行為を評価した公平な処分であって、これをもって処分権の濫用であるとするのは筋違いである。
(3) 中央指令の存否と処分権の濫用等(控訴人らの主張(四)(3))について
原判決に控訴人らが主張するような違法の点はない。
3 当審における証拠関係は、本件記録中の当審書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所は、控訴人らの請求をいずれも失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。
1 原判決四一枚目裏一行目の次に行を変えて、次のとおり加える。
「(証拠略)によれば、工藤事業課長に同行した青森営林局作業課の木村長一郎係長は同じ事業所内にいながら危険を感じ、工藤事業課長のそばに近寄ることができなかったこと、控訴人大沢実、同大沢敬作、同板井の三名は右事業所に到着した後、自ら同課長に詰問を続け、確認書の作成を迫り、作業員らの同課長に対する罵詈雑言は一層激しくなったことが認められ、右控訴人ら三名が平穏を取り戻すべく努力したものとは到底認められず、右三名が事態を収拾したものということはできない。」
2 同四二枚目裏四行目「原告」を「原審及び当審における控訴人」と改める。
3 同四四枚目表四行目「こととなった。」の次に行を変えて、次のとおり加える。
「新田中継所において、右二二名の者が辞令書の受領を拒否したのは、川内分会執行委員木戸徳蔵が『絶対貰うな』と指示したことによるものである。」
4 同四四枚目表六、七行目「原告」を「原審及び当審における控訴人」と改め、八行目「証拠はない。」の次に行を変えて、次のとおり加える。
「したがって、六月一五日に控訴人納谷の右のような行為がなければ、同日の辞令書はそのまま受領され、雇用関係は成立したものと認められる。同控訴人の右のような行為は、故意に定期作業員の雇用関係の成立を妨げ、署当局の雇用計画の実施を妨げ、また、署当局と分会との間の紛争を拡大し、営林署の業務運営を妨害したものというべきである。」
5 同四五枚目表一〇行目から四六枚目表九行目までを、次のとおり改める。
「控訴人らは、控訴人板井は病気のため闘争委員会には参加していない旨主張して、参加の事実を否認する。しかし、同控訴人が闘争委員会の委員に選出されたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、控訴人板井は、六月二二日の早朝から坐込みの準備作業として営林署構内における幕舎設営に参加し、その際、幕舎の撤去を求めた山口経理係長に対し、『早く団交を開け。お前も川内の人間ではないか』といって抗議し、同月二三日及び二五日には、営林署において坐込みをしていた組合員とともにスクラムを組んで労働歌を合唱していたことが認められ、以上の諸事実を総合すれば、同控訴人は六月二〇日に開催された闘争委員会(闘争委員会が同日開催されたことは当事者間に争いがない。)に闘争委員として参加したことが推認される。
前掲甲第一〇四号証、第一四二号証及び原審における控訴人神山本人の供述中には、控訴人らの前記主張に沿う趣旨の部分があるが、右甲第一〇四号証(控訴人板井の公平委員会における供述速記録)には、同控訴人は痔病を患っていたけれども、町立病院の診断書には『肩こり症』と記載してもらい、一か年の療養を要すると診断され、毎日通院するよう指示され、八戸市所在の肛門科専門の吉岡病院では、山で無理な仕事をしない限りはいいのではないかと診断され、六月三〇日からは仕事に出たという趣旨の記載があるにとどまり、病名、病状とも判然とせず、闘争委員会に出席できない程度の状態であったものとは認められず、いずれも右推認を左右するに足りず、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。
なお、控訴人納谷が六月二〇日の闘争委員会に出席したことは前掲甲第一四二号証によって認められ、同控訴人の本件闘争計画への関与は明らかである。また、控訴人大沢実は、当審における本人尋問において六月二〇日の闘争委員会に出席したことはない旨供述するが、同控訴人は公平委員会における本人尋問(前掲甲第一〇六号証)及び原審における本人尋問に対してかかる供述をしていないことに照らし、当審における右供述は信用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
6 同四六枚目表末行「証人木村武」の前に「原審及び当審」を加える。
7 同四六枚目裏七行目「しかしながら」から四七枚目裏一行目「できない。」までを、次のとおり改める。
「しかしながら、<1> 闘争中止については明確な指令三九号が存在するのに対して、坐込み突入についての中央本部の指令は極めて重要であるにも拘らず、これを確認すべき資料が存在せず、控訴人納谷、同工藤、当時全林野中央執行委員であった木村武、川内分会書記長であった小浜秀雄は、それぞれ六月二二日から坐込みに突入せよとの指令があった旨供述している(<証拠略>)のに対して、当時全林野青森地方本部執行委員であった小林健蔵は、団体交渉再開のために最善の努力をせよという指令であった旨供述し(<証拠略>)、控訴人神山は、六月二二日から下山して大衆による抗議交渉をせよ、二四日に改めて指令を出す、との指令であった旨供述し(<証拠略>)、当時全林野青森地方本部書記長であった木立芳照は、六月二二日朝から大衆抗議行動に入れ、二三日晩に再度状況を報告せよ、指令の変更があるかも知れない、との指令であった旨供述し(<証拠略>)、控訴人納谷幸三は、当審における本人尋問において、六月一九日に中央本部から電話による指令があり、内藤平がこれを記録したのが甲第一七八号証(メモ)である旨供述し、右甲第一七八号証には、「二〇日出勤時から二時間の抗議職場大会を実施せ(よ)。二一日より団交を徹底的につめること、あと電話する」との記載があり、また、伝達経路について、控訴人神山は、同控訴人が中央本部の弓削委員長、高橋副委員長又は熊井書記長のいずれかから電話連絡を受けたと思うと述べる一方(<証拠略>)、中央の指示もあったし地本からの指示もあったと述べており(<証拠略>)、これに対して前記木立は、本部の弓削委員長から木立書記長宛に電話で指令があり、同人から控訴人神山に伝達したと述べ(<証拠略>)、控訴人納谷は原審における同控訴人本人尋問において、青森地本を通じて小浜書記長が伝達を受けたと述べており、相互に矛盾する供述が存在し、しかも、控訴人神山は原審における同控訴人本人尋問において、その時の中央本部の指示としては相当長期間に構えなければならないのではないかという情勢判断をしていたと思うとも供述しており、<2>(証拠略)には、六月二六日の中央本部の指令についてはその内容が具体的に記載されているのに対し、六月二〇日の指令なるものについての記載はなく、<3>(証拠略)によれば、昭和三三年八月に開催された全林野の第八回全国大会の議案である『納得できる作業員賃金体系の確立について』及び『東北、北海道の労働条件の向上について』には、本件のような坐込みを含む闘争戦術の行使のことは全く記載されていないのであり、また、右大会の議案では、北海道及び東北地方の労働条件改善闘争として一四二万四六八〇円が計上されているが、その支出見込内訳は、『中闘派遣費』と『部外者の旅費及び謝金』で約九〇万円、『印刷費』二〇万円となっており、川内分会をも含めた分会段階で自由に使用することができる予算は僅かに三〇万円しかなく、右の闘争資金には、賃金カットとか処分による犠牲者救済のための資金は含まれていないことが認められ、<4>(証拠略)によれば、昭和三四年六月二四日、五日当時、林野庁林政部長であった戸嶋芳雄が全林野中央本部の三役と話し合った際、同中央本部側は『実はわれわれの予想しないようなことが起きている』旨の発言をしたことが認められ、<5>(証拠略)によれば、本件闘争終結後の昭和三四年八月に開催された全林野の第九回全国大会において、当時の中央本部の弓削委員長あるいは高橋副委員長が『中央の考え方は、あくまでも一発闘争には問題があるので、戦術会議の決定を守って欲しかった』『直ちに坐込みに入れといっていないし、長期展望に立って高度の戦術でねばり強く闘うべきだということは明確になっていた』と発言していることが認められ、<6> 更に、(証拠略)によれば、中央本部、地方本部、現地の闘い方において十分な意思統一がされていなかったことが認められ、以上の諸事実を総合すると、川内分会における坐込みは、中央本部の指令に基づくものではなく、中央本部の方針を逸脱してなされたものと認めるのが相当である。控訴人らが犠牲者救済規程の適用を受けていることあるいは組合の統制処分の発動が問題として取り上げられていないことは、組合内部の事後処理の問題であって、前記認定に消長を来たすものではない。」
8 同五〇枚目表末行「闘争委員」を「控訴人ら闘争委員」と改める。
9 憲法二八条の解釈、適用の誤りの主張について
(一) 憲法二八条の労働基本権保障の意義について
原判決の依拠する名古屋中郵事件判決におけるこの点に関する説示の要旨は、<1> 現業公務員も非現業公務員と同様、憲法八三条の財政民主主義に表われている議会制民主主義の原則上、国会の特別の委任のないかぎり、法律と予算の形でその勤務条件が決定されるべき特殊な憲法上の地位にある、<2> そのため、現業公務員に対しては、労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権も、その一環としての争議権も、憲法上当然に保障されているわけではない、というのである。
公務員及び公社職員(以下、両者を「公務員等」という。)に関して団体交渉権という言葉が用いられる場合、その内容は多義的であり、<1> 国会又はその委任を受けた政府が一方的に公務員等の勤務条件を決定する権限を保持したうえ、この決定に先立ち公務員等の代表に意見等を陳述する機会を与える型(弱い基本型の団体交渉権)と、<2> 使用者たる政府と公務員等の代表との合意により公務員等の勤務条件を決定するという双方的な決定方式を前提としたうえ、公務員等にこの合意を目的とする交渉権を与える型(強い基本型の団体交渉権)、すなわち共同決定を内容とする団体交渉権とに大別され、<2>の型は、更に、国会による承認又は予算配分を右合意の効力発生条件とする留保付団体交渉権と、このような条件が付されない私企業の場合のような完全な団体交渉権とに分れる。名古屋中郵事件判決は、公務員等に関しては憲法上弱い基本型の団体交渉権は保障されるが、強い基本型の団体交渉権は保障されるわけではないとするものであり、当裁判所も、最高裁判所が説示するところは正当であって、これに拠るのが相当であると思料する。したがって、右と見解を異にする控訴人らの主張(二)(1)は採用することができない。
(二) 財政民主主義ないし勤務条件法定主義と公務員の団体交渉権及び争議権について
(1) 議会制民主主義における国会と政府との関係について
団体交渉による公務員等の意見表明は、前記弱い基本型の団体交渉権を前提とする、勤務条件の決定に関する参考意見たる性質を有するにとどまるものであれば、財政民主主義ないし勤務条件法定主義に反することにはならないが、前記強い基本型の団体交渉権を前提とする、勤務条件の合意のための提案たる性質を有するものであれば、(一)で説示したとおり、財政民主主義に反することになる。
憲法上、公務員等の政府に対する団体行動による働きかけは前記弱い基本型の団体交渉権の限度で保障されているにとどまり、共同決定を内容とする団体交渉権及び争議権は保障されていないのである。
したがって、控訴人らの主張(二)(2)<1>は理由がない。
(2) 下級公務員への財政民主主義ないし勤務条件法定主義の適用の可否について
憲法七条五号の「官吏」は、その任免に天皇の認証を要するとされる官吏、すなわち、認証官を意味するもので、同条は財政民主主義とは関係のない規定であり、憲法七三条四号にいう「官吏」は、その規定の趣旨からみて、内閣の統轄する職員、すなわち、行政部に属する国家公務員を指称するものであって、いわゆる下級公務員もこれに含まれると解される。
また、名古屋中郵事件判決が説示するとおり、国会が、その立法、財政の権限に基づき、一定範囲の公務員その他の公共的職務に従事する職員の勤務条件に関し、職員との交渉によりこれを決定する権限を使用者としての政府その他の当局に委任し、更にはこれらの職員に対し争議権を付与することも、憲法上の権限行使の範囲内にとどまる限り、違憲とされるわけはなく、公労法による労働基本権の保障も、まさに国会の立法裁量に基づくものにほかならない。
したがって、控訴人らの主張(二)(2)<2>も失当である。
(3) 国有林野事業の定員外職員と財政民主主義について
国有林野事業に従事する現業公務員については、国公法中の給与に関する規定及び「給与法」の適用はないが、これに代わる給特法が適用されるところ、同法には給与の決定基準(三条)が法定されているほか、給与準則(四条)、給与総額制(五条)などに関する規定が存在し、そのうち給与総額制の規定は、定員外の職員については適用がないが、定員の内外を問わず、その賃金、給与は、国有林野事業特別会計法一一条一項により毎会計年度国会に提出し、議決を経た同特別会計の予算の範囲を超えて支出することはできないのである。なお、財政法二三条によれば、国会が議決する予算の歳出の区分は項までであり、(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、前記特別会計の予算中、職員の賃金、給与は国有林野事業費という項に組み入れられているうえ、定員外職員の賃金については目の立てもなく、業務費(目)から支出されることが認められるが、国会に提出すべき右予算には、歳入歳出の予定計算書、当該年度の国有林野勘定の予定損益計算書及び予定貸借対照表等の添付が国有林野事業特別会計法一一条二項により義務付けられていることに徴すれば、定員外職員の賃金等も、国会の審理の対象となりうることは明らかである。結局、国有林野事業に従事する現業公務員の賃金その他の勤務条件の決定は、勤務条件法定主義と財政民主主義の制約に服し、国会の直接又は間接の判断を要するものであり、それらの点に関する労使間の協定もその制限内で機能しうるにすぎないものというべきである。
したがって、控訴人らの主張(二)(2)<3>は理由がない。
(4) 留保付協約締結権の保障と財政民主主義について
控訴人らの主張は、勤務条件法定主義、財政民主主義の法原理と団体交渉権保障の法原理とは二律背反の関係にはなく、少くとも国会の承認を条件とする留保付協約締結権は憲法上保障されている、という趣旨と解される。
しかし、名古屋中郵事件判決の趣旨に徴すれば、国家公務員について憲法上団体協約締結権が保障されているものということはできないから(最高裁判所昭和四七年(行ツ)第一号同五三年三月二八日第三小法廷判決・民集三二巻二号二五九頁参照)、この点に関する控訴人らの主張は採用することができない。
(5) 国有林野事業特別会計と財政民主主義について
(証拠略)によれば、昭和四四年四月一日現在において林野庁所管の国有林及び官行造林地の合計面積は約七八四万六〇〇〇ヘクタールで国土全面積の二一パーセント、森林面積の三一パーセントを占め、国有林の蓄積量は約八億七六七五万六〇〇〇立方メートルで、わが国の森林資源の四六パーセントを占めており、国有林は脊梁山脈地帯に多く存在し、国有林を適正な業務計画のもとに管理し、国土の保全、水源のかん養、国民の保健・休養、自然保護などの森林の有する公益的機能を確保しながら、森林資源の培養及び森林生産力の向上に努めるとともに、木材等重要な林産物を持続的に供給して林産物の需要及び価格の安定に資する必要があるのみでなく、災害時などにおいて臨時的な木材の供給をする責務のあることが認められ、したがって、その業務運営の如何が国民生活に重大な影響を及ぼすことは明らかである。また、国有林野事業特別会計は国有林野事業勘定と治山勘定とに区分されるところ(国有林野事業特別会計法二条の二)、(証拠略)によれば、昭和五三年度予算では、国有林野事業勘定の歳入四〇五二億五二六〇万七〇〇〇円のうち、業務収入は林産物収入二六八〇億一八二〇万八〇〇〇円と官行造林収入三六億三〇四七万円の合計二七一六億四八六七万八〇〇〇円であって、歳入の六七パーセントを占めることが認められる反面、国有林野事業の経営収支は昭和四四年度以降急速に悪化し、昭和四六年度は二二億五八〇〇万円、同四七年度は六六億円が一般会計から治山勘定に繰り入れられ、昭和五三年度には四〇億二一〇〇万円が一般会計から国有林野事業勘定に繰り入れられていることが認められるのであって、国有林野事業が独立採算制をとっているとはいえ、その経営収支如何は一般会計と密接な関係があり、国民生活に重大な影響を及ぼすことが明らかである。
したがって、控訴人らの主張(二)(2)<5>は、理由がない。
(6) 市場の抑制力と国民全体の共同利益への影響について
(人証略)によれば、苗木の植付けには季節的制約があって、伐木、地拵等の作業が適期に遅れた場合には、跡地の保育計画、苗木の生産計画に支障を来たし、植付をする際にも過分の労力を必要とすることが認められ、右事実及び前記(5)で認定した事実に徴すれば、控訴人らの主張(二)(2)<6>は失当である。
(7) 総合的考慮について
憲法二八条は、同法二五条の生存権の保障のための手段として勤労者に対し労働基本権を保障するものであるが、憲法四一条、七三条四号、八三条のほか、一五条等の規定とも調和するように解釈すべきものであり、憲法の定める三権分立の基本形態、国家における公務員の社会的、経済的地位及び役割、国民及び公務員の人権保障の態様等を総合勘案すると、公務員の労働基本権といえども勤務条件法定主義、財政民主主義の制約を受けるものと解されることは、名古屋中郵事件判決の説示するとおりであって、控訴人らの主張(二)(2)<7>も採用することはできない。
(三) 代償措置論との関係について
名古屋中郵事件判決が公務員等に対しては憲法二八条の争議権の保障はないとしながら、「労働基本権を制限するにあたっては、これに代わる相応の措置が講じられなければならない」と判示していることは控訴人らの主張するとおりであるが、ここにいう代償措置は、本来保障されている争議権を奪った代償としての措置を意味するのではなく、憲法二八条に内在する生存権擁護の理念から要請される特別の措置を意味するものと解されるのであって、右判決に控訴人らが主張するような矛盾はなく、控訴人らの主張(二)(3)は失当である。
(四) ILO条約違反、憲法九八条二項違反の主張について
(1) ILO九八号条約六条の「公務員」の意義については、「国又は地方公共団体等に任用されている公務員一般」を指すのか、「国の行政に従事する公務員」に限定されるのか、解釈上の争いがあり、ILO結社の自由委員会は、七二五号事件一三九次報告において、「本委員会は団体交渉の促進を取扱う九八号条約は、公共当局の代理者でないすべての公務員に適用されること、したがって、この中には郵政職員も含まれるものであることを想起したい。」(二七八項)との見解を示している反面、六〇号事件一二次報告において、「九八号条約の批准に伴う政府の義務に関しては、政府は雇用条約が法令により定められる以外の政府に雇用される者について法律中に、第一に交渉手続を、第二に労働協約の締結を規定することにより、九八号条約四条の規定に合致する方法をとっているものと委員会は考える。」(四三項)との見解を示し、更に一七九号事件五四次報告においては、「申立てにかかる公務員が正に、九八号条約六条で考えている如き、法令に定める勤務条件を享有している者であることに留意して、本委員会は、日本政府が、これらの者をして、法令に定める勤務条件の内容を定め又はこれらについて勧告する責任を有する者が考慮に入れるように苦情及び異議をその属する団体を通して提出することを得しめていることにより、法律上交渉することができるが団体協約を締結することはできない、この範ちゅうに属する公務員について、他の国々において最も一般的に承認されている原則を採用しているものと認めた」(一七八項)との見解を示しており、同条約六条の「公務員」の意義を「国の行政に従事する公務員」に限定する解釈が定着しているものと認めるに足りる資料はない。
したがって、控訴人らの主張(二)(4)<1>は理由がない。
(2) 人権規約A八条一項c号は、労働組合の自由に活動する権利を保障しているが、同条二項は同条一項の権利に関し「公務員について合法的制限を課すことを妨げるものではない」と規定している。この「公務員」の意義についても、ILO九八号条約の「公務員」の意義と同様の解釈上の争いがあるが、「国の行政に従事する公務員」に限定されるとする解釈が定着しているものと認めるに足りる資料はない。
したがって、控訴人らの主張(二)(4)<2>も理由がない。
(3) ILO関係の委員会、会議等の勧告、報告、決議等は、法的拘束力をもつものではなく、控訴人ら主張のILO結社の自由委員会が同委員会一一五一号事件について決定した勧告及び理事会の承認が確定された国際基準といえるものではないから、控訴人らの主張(二)(4)<3>は失当である。
10 デモ行進及び面会要求行為を問責することの違憲、違法の主張について
(一) 現業公務員の争議行為及び右争議行為をそそのかし、若しくはあおる行為は公労法一七条一項によって禁止されており、右のそそのかし、若しくはあおる行為は、それ自体がたとえ思想の表現たる一面をもつとしても、右条項が憲法二一条に違反しないことは、最高裁判所の判例(最高裁判所昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁)の趣旨に照らし明らかであるところ、控訴人神山、同工藤、同大沢栄一、同大沢実のデモ行進の指導行為は、単純なデモ行進の指導ではなく、坐込み等の争議行為を開始し継続する目的で、争議行為開始直前又は継続中に行われたものであり、組合員らに対し、その実行、継続を決意させ、又はその決意を助長する勢いのある刺戟を与えるものであるから、右控訴人らのデモ行進指導行為が本件争議の具体的状況のもとにおいては公労法一七条一項で禁止されたそそのかし、あおり行為に該当するというべきであって、かかる行為を問責することは何ら違法ではなく、また、違憲でもない。
したがって、控訴人らの主張(三)(1)は理由がない。
(二) 控訴人らは、畠山署長に対する面会要求行為は、何ら業務の正常な運営を妨げるものではなく、憲法二八条によって保障された団体行動権の範囲内のものであると主張する。
しかし、畠山署長らは、坐込みの対策を検討していたもので、業務の遂行にあたっていたのであり、事前の連絡もなく多人数の者が面会を強く要求することは業務を妨害するものというべきであり、その態様も六月二二日午前一一時ごろ、同月二三日午後二時ごろ、同月二四日午前一〇時ごろ、同日午前一一時ごろから、それぞれ約三〇分間に及んでおり、公労法一七条一項で禁止された業務阻害行為に該当するものである。右のように公労法一七条一項で禁止された行為については、憲法二八条の保障の及ぶところではない。
したがって、控訴人らの主張(三)(2)も理由がない。
11 処分権濫用の主張について
(一) クリーン・ハンドの原則、信義則違反の主張について
処分者側に控訴人ら主張の不当不法な行為がなかったかどうかについて判断する。
(1) 控訴人らの主張(四)(1)<1>のうち、昭和三二年の全国大会で東北地方の労働条件の改善の問題が取り上げられたこと、昭和三三年三月の川内営林署と川内分会との団体交渉の結果、控訴人ら主張の協約が成立したことは当事者間に争いがない。
ところで、(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる。
<1> 国有林野事業は昭和二二年にいわゆる林政統一が実現して、従来の農林省、内務省の内地国有林、北海道国有林、御料林の各所管が一本化され、それと併行して国有林野事業特別会計法が制定され、独立採算制を指向することとなり、作業員の身分についても昭和二二年一〇月制定の国公法では「単純な労働に雇用される者」として国家公務員の特別職とされたが、翌二三年には一般職の国家公務員に切換えられ、非常勤職員として人事院規則が適用されることになった。しかし、労務の実態は戦前の組頭制度が残っているところもあったので、林野庁は昭和二五年に「営林署労務者取扱規程」、同二六年には「営林局署労務者処遇規程」を定めて、組頭が現場労働者の採用、解雇を決定する組頭制度を廃止し、作業員は直接雇用されることになった。その後、昭和二八年一月一日から国有林野事業の作業員の労働関係に公労法が適用されることになり、同年二月には全林野労組が結成され、林野庁と全林野との間に同月「労働条件の暫定的取扱いに関する協定」、同二九年三月「定員外職員の雇用区分、雇用基準及び解雇の場合に関する覚書」が締結され、同三〇年四月に国有林野事業職員就業規則、同作業員就業規則が制定され、同三二年一〇月に「国有林野事業の作業員の賃金に関する労働協約」が締結された。
<2> 川内営林署管内においては、組頭は山頭と呼称され、現場労働者の採用解雇は山頭によって行われ、その募集は地縁、血縁を通じて行われ、組員は稼働期間は飯場で労働と寝食を共にし、賃金支払形態は出来高給制であって、一括して山頭に支払われ、賃金の精算はいわゆるドンブリ勘定で年二回(冬山事業の終った四月頃と夏山の終り冬山開始前の一一月頃)しかなく、その間は一日の賃金がいくらであるのか判然とせず、生活物資は通帳買いをし、生活費は必要に応じて山頭から借り受け、賃金精算のときに併せて精算するという方式がとられており、労働時間は一日一一時間以上に及ぶこともあり、休日も固定していないという状態で、雇用形態も通年雇用ではなく、雇用が中断する、いわゆるこま切れ雇用であった。昭和二九年ごろからは、作業員に対する賃金の支払には個人毎に支払明細書が添えられて毎月一回支払われるようになったが、作業員が相談して空袋を手元に残して現金は班長が預ることとし、従前と同様、年二回精算することが行われていた。昭和三〇年に施行された国有林野事業職員就業規則では、作業員の作業時間を八時間とする規定が設けられ、昭和三二年ごろの川内営林署管内においては、宿舎を出てから宿舎に戻るまでの時間は一〇時間以上に及んだが、実働時間は五時間四〇分ないし八時間三〇分で、七時間三〇分前後のものが最も多いという状態であった。
<3> 全林野は、こま切れ雇用廃止、常用化、週休日の固定化、定額日給制等を要求することとなり、川内営林署においては昭和三三年三月の団体交渉において多くの要求がなされた。右団体交渉の過程においては、多数の作業員が傍聴に赴き、三月二八日から二九日にかけては徹夜の団体交渉が行われるなど、長時間に及ぶことがあった。
<4> ところで、昭和三三年においては、国有林作業員の賃金は民間林業賃金に比較して、主要職種である伐木造材においては平均四六パーセント以上、木寄手においては平均三二パーセント以上、製炭手においては平均一七パーセント以上高額であり、また、国有林作業員の賃金は昭和二六年を一〇〇とした場合、昭和三三年に名目賃金は一八八・六で、実質賃金でも一五四・七に上昇していた。
以上の諸事実に徴すれば、全林野結成後昭和三三年三月の団体交渉に至るまでの間に、当局側に不誠実な点があったものとは認められない。したがって、控訴人らの主張(四)(1)<1>は失当である。
(2) 控訴人らの主張(四)(1)<2>(昭和三三年四月以降の賃金支払形態等)のうち、昭和三三年三月の団交によって、積込、巻立の作業の賃金支払形態が定額日給制になったこと、川内営林署における直営生産事業が同年四月から五月までと、いわゆる冬山事業として実行された同年一二月から翌三四年三月までの間、事実上、定額日給払で支払われたことは、当事者間に争いがない。
ところで、(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
<1> 山の作業現場は点在し、監督は極めて困難であり、労働能率の管理も作業員の自律性にまつところが大きいという林業労働の実態に鑑みると、林業労働からすべての能率給を排除し定額給制にすべきであるとの主張は妥当ではなく、従来、単純出来高払であったものを定額日給払に切り換えるについては、時間管理、作業能率の面において充分な配慮が必要である。
<2> 昭和三三年三月の団体交渉の結果、川内営林署においては、一挙に一五六名の作業員を常用作業員として雇用することとなったため、同年四月一日から仕事を与えるべく直営生産事業を開始することとなった。昭和三二年度の直営生産事業の作業員の賃金支払形態は出来高給制であったが、昭和三三年三月二九日の団体交渉により、直営生産事業のうち、第二口座事業の積込及び巻立作業の賃金支払形態については定額日給制とする旨の文書による協定(甲第三九号証)が成立したものの、その他の作業については文書による合意は成立していなかった。
<3> 同年三月三一日の団体交渉において、署当局は、出来高給制で事業を実行するための功程の単価の協定(単金協定)のための山見の日程を提示したが、分会側から、四月に開始される直営生産事業は数量も僅かであり、期間も約一か月の予定であって、五月からは造林作業が開始されるので、四月の作業だけは定額日給払にしてはどうかとの提案があり、署当局もこれを検討した結果、四月の直営生産事業については定額日給払とすることを了承した。右の直営生産事業は四月末までは完了せず、その一部が五月に持ち越され、これについても引き続き暫定的に定額日給払で支払われた。
<4> 昭和三三年一二月から同三四年三月までの冬山事業については、署当局は出来高給制で実行する計画であった。この方針に基づき、昭和三三年一二月初めごろから分会と折衝を開始し、同月一五日から功程単価を決めるため環境評価を目的とする山見を実施したい旨分会に通知するとともに、環境評価のための委員の名簿を提出するよう分会に要求した。これに対して、分会は名簿を提出せず、冬山事業の実行について団体交渉が行なわれた。昭和三四年二月初め、分会の環境評価委員が決定され、同月中旬、田ノ沢事業所において環境評価に入ったが、双方の功程見積に大差があったため、環境評価は成立しなかった。また、従前の単価交渉の方法による単金協定も、双方の功程単価に開きがあり、まとまらなかった。しかし、冬山事業はすでに実行されており、実行された作業につき賃金の支払を拒否することはできないので、やむをえず冬山事業についても日給払を行った。
<5> 昭和三三年一二月一日付の控訴人板井義男外二三名に対する辞令書には、賃金支払形態として「日給制」の記載があるが、右の各辞令書は、配置換の辞令書であり、当時、事実上日給払がなされていたので、辞令書の原案を作成した事業担当者と労務係長とが話し合って日給と書いた配置換辞令書を作成し、営林署がそのまま押印して交付されたものである。
<6> 川内分会から川内営林署長宛の昭和三四年一月一九日付の「団体交渉の申入れについて」と題する書面(甲第一号証)には、「三三川林協第一二号「作業員の賃金の支払形態に関する協定」については、二口座事業は日給制で、それ以外については協定していないが、春以来一口座を日給制でやって来ているので、三口座事業を日給制でやりたい。」との記載がある。
以上の諸事実を総合すれば、第二口座の積込、巻立以外の作業については、制度として定額日給制を採用することについて合意が成立したものとは認められず、前記<5>の辞令書に賃金支払形態として「日給制」の記載があることをもって出来高制から定額日給制に変更したことの根拠とすることはできず、(証拠略)中、制度として定額日給制を採用する合意が成立したとする部分は信用することができず、他に右合意の成立を認めるに足りる証拠はない。したがって、右合意の成立を前提とする控訴人らの主張(四)(1)<2>は失当である。
(3) なたかま闘争についての第一次処分及び第二次処分に関して当局側に不誠実、不当な点があったか否かについて判断する。
(証拠略)によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
<1> 昭和三四年四月二八日の造林賃金についての団体交渉において、当局側は地持作業に大のこ及び斧は不要であると発言したのであるが、控訴人らは作業員らに対し畠山署長が腰のこ、腰なたは不要であると発言した旨虚偽の報告をして、腰のこ、腰なたを携行しない、いわゆる不完全装備就労をするよう誘導した。
<2> 腰のこ、腰なたを携行することは、国有林野事業において永年行われていた慣行であったところ、昭和三〇年の「道具手当の支給に関する協約」(三〇協第二号 乙第一一号証)の附属了解事項の二項において「当局が可及的すみやかに整備を図る」べき道具とされている「造林、土工における主要道具」のうちには、腰のこ、腰なたは含まれていないことで合意が得られたので、当局は昭和三〇年四月五日付業務部長通達(「道具手当の支給に関する協約」中附属了解事項の諸道具について 乙第一二号証)で、腰のこ、腰なたは当局の整備する道具ではなく、作業員負担である旨の内部指示を行った。なお、その後成立した昭和三五年の「作業用具に関する協約」(三五林協第三一号 乙第一四号証)において腰のこ、腰なたは作業員持とすることが明記されている。
<3> 川内営林署長は、不完全装備による地拵作業の継続に対して、管理者を現地に派遣し、自らも作業現場に赴き、再三に亘り作業員らに腰のこ、腰なたを携行して就労するように説得し、あるいは業務命令を発出し、また、分会委員長であった控訴人工藤に対しても警告を発したが、右のような説得、命令、警告はいずれも無視されたので、被控訴人青森営林局長は、同年五月一四日、作業員一一二名に対し第一次処分をした。
<4> 第一次処分の直後、川内分会は不完全装備就労を継続することを決定し、同月一八日川内町公民館において総決起大会を開催し、川内分会闘争委員会を結成し、不完全装備就労の継続、連日一時間以内の職場大会を行うことを決議し、これを実行した。
<5> 事態収拾のために、林野庁と全林野の間で折衝が重ねられ、同年五月二五日に中央においては、(ア) 団体交渉再開と同時に、腰のこ、腰なたを持って正常な作業に従事すること、(イ) 実力行使を含む闘争体制の取り扱いについては、正常下において団体交渉を行う原則に立って具体的には局段階で話し合うこと、(ウ) 造林賃金問題は今後の取扱いをいかにするかを話し合うこと、(エ) その他の議題については、時期をあらためることにすること、の四条件で意見の一致をみたが、川内分会においては、これは川内分会に対する武装解除であると主張して強硬に反対したため、折衝は不調に終った。
<6> 不完全装備就労及び職場大会は、大部分の事業所においては、五月末に造林事業の終了とともに終ったのであるが、高野川地区においては、六月九日まで造林事業が継続し、その間不完全装備就労が継続した。
以上の事実によれば、腰のこ、腰なたは作業員持とされていたものというべく、地拵作業に関して腰のこ、腰なたの携行義務がない旨の控訴人らの主張は、「作業用具の貸与(設備)に関する確認事項」(三三林協号外乙第一三号証)五項の主要道具の意義等を曲解するものであり、第一次処分及び第二次処分に関して当局側に不誠実、不当な点があったものとは認められず、また、第二次処分が不公正なものであったものとも認められない。
(二) 当局の支配介入の意図について
(証拠略)によれば、全林野中央本部の弓削委員長及び熊井書記長は昭和三四年秋には日本国有林労働組合結成に関与し、熊井はその執行委員長に就任し、弓削はその後高知の営林署長に就任したことが認められるが、右事実及び右両名が第二次処分を免れていることから当局が右両名を組合分裂のために温存したものと推認することはできず、(証拠略)中、控訴人らの主張に沿う部分は同人らの推測ないし伝聞供述にすぎず、本件全証拠によっても当局が右両名を温存して全林野の分裂を図るため右両名を第二次処分の対象としなかったものとは認められず、控訴人らの主張(四)(2)は理由がない。
(三) 中央指令の存否と処分権の濫用等について
昭和三四年六月二二日以降の川内分会の坐込戦術が中央本部の方針に反するものであったこと、当局側に信義則に反する事情のなかったことは前に説示したとおりであるから、控訴人らの主張(四)(3)は失当である。
二 そうすると、原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 佐藤榮一 裁判官 篠田省二)